はじめに:代数学への第一歩
数学の学習は、新しい言語を学ぶことに似ています。小学校で「数」という言葉を覚え、計算ルールを学んだように、中学校、そして高校では「文字」という新しい言葉が登場し、その扱い方を学びます。この「文字式」こそが、方程式や関数といった、より高度でエキサイティングな数学の世界を探検するための、すべての基礎となるパスポートです。
これから皆さんが学ぶ「単項式」「多項式」「整式」は、その文字式を扱う上での、最も基本的で、最も重要なルールブックです。一見すると、たくさんの専門用語が出てきて難しそうに感じるかもしれません。しかし、一つ一つの用語の意味を正しく理解し、ルールに従って丁寧に操作すれば、それは驚くほどシンプルで、論理的な世界であることが分かります。
この記事は、そんな代数学への第一歩を踏み出す皆さんのための、徹底的なガイドブックです。
- 式の「部品」の名前と役割が分かります。
- 式を「種類」ごとに分類できるようになります。
- 複雑に見える式を、美しく「整理」する方法が身につきます。
- 式同士の「足し算・引き算・掛け算」が、自信を持ってできるようになります。
ここで学ぶ知識は、単にテストで点を取るためだけのものではありません。物事を論理的に分析し、複雑な問題を単純な要素に分解し、ルールに基づいて解決へと導く。そんな、社会に出てからも役立つ普遍的な思考力を養うための、最高のトレーニングです。
さあ、心配は要りません。焦らず、一つずつ、一緒に学んでいきましょう。このガイドを読み終える頃には、あなたは文字式の世界を自由に冒険するための、確かな羅盤と地図を手にしているはずです。
式の解剖学 ― すべての式を構成する基本パーツ
複雑な機械も、元をたどればネジや歯車といった単純な部品の集まりです。数学の式も同様に、いくつかの基本的な「パーツ」から成り立っています。まずは、これらのパーツの名前と役割を正確に理解することから始めましょう。これが、式と仲良くなるための最初のステップです。
すべての始まり「項 (Term)」
まず、最も基本的な単位である「項(こう)」について学びます。
【定義】項 (Term) 数や文字、およびそれらの掛け算(乗法)だけで作られている式のひとかたまりのことです。
具体例を見てみましょう。以下はすべて「項」です。
- 7x (7とxの掛け算)
- −3a2 (−3とaとaの掛け算)
- 5xy (5とxとyの掛け算)
- y (1とyの掛け算)
- 10 (数だけでも項です)
- frac12b3 ($\\frac{1}{2}$と$b$とbとbの掛け算)
ここで非常に重要なポイントは、項は掛け算のみで構成されている、という点です。足し算(加法)や引き算(減法)が間に入ると、そこは項の切れ目になります。
例えば、式 3x+5y−2 を見てみましょう。 この式は、+ と – の記号で区切られた、以下の3つの「項」から成り立っています。
- 3x
- 5y
- −2
このように、式は「項」というブロックが集まってできているとイメージしてください。
文字のパートナー「係数 (Coefficient)」
次に、項の中の「数字の部分」に着目します。これを「係数(けいすう)」と呼びます。
【定義】係数 (Coefficient) 項の数字の部分のことです。
係数は、その項に掛けられている文字が「いくつ分あるか」を示しています。
図表1:項の構造
項の例 | 係数 | 文字の部分 |
7x | 7 | x |
−3a2 | −3 | a2 |
5xy | 5 | xy |
frac12b3 | frac12 | b3 |
係数を考える上で、いくつか注意すべき点があります。
- 符号も係数の一部: 係数には、数字の前の + や – の符号も含まれます。例えば、−3a2 の係数は 3ではなく、
-3
です。 - 係数が1の場合: x や a2b のように、数字が見当たらない項があります。この場合、係数は
1
が省略されています。x は 1timesx のことなので、係数は 1 です。同様に、−y の係数は-1
です。 - 定数項: 10 や −2 のように、文字を全く含まない項を特別に「定数項(ていすうこう)」と呼びます。これは、変数の値によらず、常に一定の値をとるためです。
文字の力「次数 (Degree)」
最後に、項の「文字の部分」に着目し、その「強さ」や「次元」を表す「次数(じすう)」について学びます。
【定義】次数 (Degree) 項の中に、掛け合わされている文字の個数のこと。
指数の知識を使うと、次数は「文字の指数の合計」と言い換えることができます。
図表2:項の次数の計算
項の例 | 掛け合わされている文字 | 文字の個数(次数) |
7x | x | 1個 → 1次 |
−3a2 | a,a | 2個 → 2次 |
5xy | x,y | 2個 → 2次 |
y | y | 1個 → 1次 |
frac12b3 | b,b,b | 3個 → 3次 |
次数に関しても、重要なポイントがいくつかあります。
- 定数項の次数: 10 や −2のような定数項には、文字が1つも掛けられていません(0個)。したがって、定数項の次数は
0
です。これは非常に重要なルールなので、必ず覚えてください。 - 特定の文字に着目した次数:複数の種類の文字を含む項では、「特定の文字について」の次数を考えることがあります。
- 例:項 8x2y3z を考えてみましょう。
- この項全体の次数は、掛けられている文字の総数なので、xが2個、yが3個、zが1個で、合計 2+3+1=6です。よって、この項は6次の項です。
x
に着目した次数は、xだけを数えて2次です。y
に着目した次数は、yだけを数えて3次です。z
に着目した次数は、zだけを数えて1次です。
- 例:項 8x2y3z を考えてみましょう。
このように、「どの文字に着目するか」によって、同じ項でも次数が変わってくる場合があります。問題文で「xについての次数」のように指定があった場合は、その指示に従う必要があります。
ここまでで、式の基本パーツである「項」「係数」「次数」について学びました。これらの言葉は、これから先、何度も繰り返し登場します。それぞれの意味を正確に理解しておくことが、今後の学習をスムーズに進めるための鍵となります。
式の分類学 ― 単項式・多項式・整式の世界
基本パーツの役割を理解したところで、次はそのパーツがどのように組み合わさって「式」という全体を形作るのかを見ていきましょう。式は、その構造によっていくつかの種類に分類されます。
シンプルな構成単位「単項式 (Monomial)」
最もシンプルな式の形が「単項式(たんこうしき)」です。
【定義】単項式 (Monomial) ただ1つの項だけでできている式のことです。
名前の通り、「単(ひとつ)の項の式」です。第1部で例に挙げたものは、すべて単項式です。
- 単項式の例:
- 5x
- −y
- 8a2b
- 100 (定数項も単項式です)
単項式の次数は、その項自身の次数と同じです。例えば、8a2b は、文字が a,a,bの3個掛けられているので、3次の単項式(または、3次式)と呼びます。
単項式の集合体「多項式 (Polynomial)」
次に、単項式が複数集まってできた式、「多項式(たこうしき)」です。
【定義】多項式 (Polynomial) 2つ以上の単項式の和(足し算)の形で表される式のことです。
こちらも名前の通り、「多(おおく)の項の式」です。
- 多項式の例:
- 3x+5 ( 3x と 5 という2つの項からなる多項式)
- x2−4x+3 ( x2, −4x, 3 という3つの項からなる多項式)
- a3−2ab2+7b−1 (4つの項からなる多項式)
【注意】 引き算は、負の数の足し算と考えることができます。例えば、x2−4x+3 は、x2+(−4x)+3と見なせるため、「単項式の和」という定義に当てはまります。
多項式の次数
単項式の次数は単純でしたが、多項式の次数はどのように決まるのでしょうか。ルールは以下の通りです。
【定義】多項式の次数 多項式に含まれる各項の次数の中で、最も大きいものを、その多項式の次数とする。
例を見てみましょう。
- 例1: 多項式 x2−4x+3
- 項 x2 の次数は 2
- 項 −4x の次数は 1
- 項 3 の次数は 0
- この中で最も大きい次数は 2 なので、この多項式は2次式です。
- 例2: 多項式 a3−2ab2+7b−1
- 項 a3 の次数は 3
- 項 −2ab2 の次数は 1+2=3
- 項 7b の次数は 1
- 項 −1 の次数は 0
- この中で最も大きい次数は 3 なので、この多項式は3次式です。
単項式と同様に、特定の文字に着目して次数を考えることもあります。
- 例3: 多項式 5x2y+3xy3−y2+7
- 式全体の次数(
x
とy
の両方を文字と見る場合):- 5x2y の次数は 2+1=3
- 3xy3 の次数は 1+3=4
- −y2 の次数は 2
- 7 の次数は 0
- 最も大きい次数は 4 なので、この式は4次式です。
x
についての次数(y
はただの数と見る場合):- 5x2y の x の次数は 2
- 3xy3 の x の次数は 1
- −y2 と 7 には x がないので次数は 0
- 最も大きい x の次数は 2 なので、この式は
x
についての2次式です。
- 式全体の次数(
「整式」とは何か?
最後に「整式(せいしき)」という言葉です。これは少し紛らわしいかもしれませんが、高校数学では非常にシンプルに定義されます。
【定義】整式 (Polynomial Expression) 単項式と多項式を、あわせて呼ぶときの総称。
つまり、「整式」という大きなグループがあり、その中に「単項式」と「多項式」が含まれている、と考えることができます。
図表3:単項式・多項式・整式の関係
+--------------------------------------------------+
| 整式 (Polynomial Expression) |
| |
| +--------------------------------------------+ |
| | 多項式 (Polynomial) | |
| | (例: x^2 + 2x + 1) | |
| | | |
| | +------------------------------------+ | |
| | | 単項式 (Monomial) | | |
| | | (例: 5x, -3y^2, 10) | | |
| | +------------------------------------+ | |
| | | |
| +--------------------------------------------+ |
| |
+--------------------------------------------------+
【補足】 単項式は「項が1つの多項式」と見なすこともできます。そのため、数学のより厳密な文脈では、「多項式」という言葉だけで、単項式も含む場合が多いです。しかし、高校数学の導入段階では、式の構造を分かりやすく理解するために、「単項式(項が1つ)」と「多項式(項が2つ以上)」を区別し、それらをまとめて「整式」と呼ぶのが一般的です。
「次の整式の次数を答えなさい」という問題が出たら、「単項式か多項式かに関わらず、その式の次数を答えればよい」と理解してください。
式の整理術 ― 複雑な式を美しく整える
たくさんの項が並んだ多項式は、そのままでは非常に見づらく、扱いにくいものです。計算を始めたり、式の性質を調べたりする前に、まずは式を「整理」して、見やすく、分かりやすい形に変える技術を学びましょう。
仲間集め ― 同類項をまとめる
多項式の中には、文字の部分が全く同じ「仲間」の項が存在することがあります。これを「同類項(どうるいこう)」と呼びます。
【定義】同類項 (Like Terms) 多項式の中で、文字の部分が完全に一致している項のことです。
- 例1: 3x+5y+2x−y
- 3x と 2x は、文字の部分が x で同じなので同類項です。
- 5y と −y は、文字の部分が y で同じなので同類項です。
- 例2: 4a2−2ab+3a2+5ab
- 4a2 と 3a2 は、文字の部分が a2 で同じなので同類項です。
- −2ab と 5ab は、文字の部分が ab で同じなので同類項です。
- 注意: 3x2y と 2xy2 は、使われている文字の種類 (xとy) は同じですが、それぞれの個数(次数)が異なります。文字の部分が完全に一致していないため、これらは同類項ではありません。
同類項をまとめる計算
同類項は、係数同士を足し引きすることで、1つの項にまとめることができます。これは、数学の分配法則 ma+na=(m+n)a を利用しています。
- 例1の計算: 3x+2x=(3+2)x=5x 5y−y=(5−1)y=4yよって、元の式 3x+5y+2x−y を整理すると、 (3x+2x)+(5y−y)=5x+4y となります。項の数が4つから2つに減り、非常にスッキリしました。
- 例2の計算: 4a2+3a2=(4+3)a2=7a2 −2ab+5ab=(−2+5)ab=3abよって、元の式 4a2−2ab+3a2+5ab を整理すると、 (4a2+3a2)+(−2ab+5ab)=7a2+3ab となります。
このように、複雑な多項式を見たら、まずは同類項がないかを探し、仲間同士でまとめてあげるのが、式を整理する上での基本中の基本です。
式の整列 ― 降べきの順と昇べきの順
同類項をまとめた後、さらに式を美しく見せるための「整列」のルールがあります。それが「降べきの順(こうべきのじゅん)」です。
【定義】降べきの順 (Descending Order of Powers) 特定の文字に着目し、その文字の次数が高い項から低い項へと、順番に項を並べること。
「降べき」とは、「次数が降りていく」という意味です。これは、数学の世界における式の標準的な書き方であり、この形で書いておくと、誰が見ても分かりやすく、後の計算もしやすくなります。
- 例1: xについての式 3x−7+5×3−x2
- 各項の x の次数を調べる。
- 3x → 1次
- −7 → 0次
- 5×3 → 3次
- −x2 → 2次
- 次数が高い順に並べ替える。
- 5×3 (3次) → −x2 (2次) → 3x (1次) → −7 (0次)
- 降べきの順に整理した式: 5×3−x2+3x−7
- 各項の x の次数を調べる。
- 例2: xについての式 2xy2+4x3y−5×2+8
- 各項の x の次数を調べる(yは数字扱い)。
- 2xy2 → xの次数は 1
- 4x3y → xの次数は 3
- −5×2 → xの次数は 2
- 8 → xの次数は 0
- xの次数が高い順に並べ替える。
- 4x3y (3次) → −5×2 (2次) → 2xy2 (1次) → 8 (0次)
- xについて降べきの順に整理した式: 4x3y−5×2+2xy2+8
- 各項の x の次数を調べる(yは数字扱い)。
昇べきの順 (Ascending Order of Powers)
降べきの順とは逆に、次数が低い項から高い項へと並べる方法を「昇べきの順(しょうべきのじゅん)」と呼びます。
- 例1を昇べきの順にすると: −7+3x−x2+5×3
昇べきの順は、降べきの順ほど頻繁には使われませんが、数学の特定の分野(例えば、無限級数の展開など)で重要になります。通常、問題で特に指定がなければ、降べきの順に整理するのがマナーだと覚えておきましょう。
式の四則演算 ― 整式の足し算・引き算・掛け算
式の整理方法を学んだところで、いよいよ整式同士の計算に挑戦します。数の計算と同じように、式にも足し算、引き算、掛け算、割り算(これは少し発展的な内容なので、別の機会に詳しく学びます)があります。
整式の加法と減法(足し算と引き算)
整式の足し算と引き算の基本は、第3部で学んだ「同類項をまとめる」ことに尽きます。
計算の手順:
- 括弧を外す。
- 同類項を見つけて、まとめる。
これだけです。ただし、括弧の外し方には注意が必要です。
- 加法(足し算): +(…) のように、括弧の前に + がある場合は、括弧の中の符号はそのままで括弧を外します。
- 減法(引き算): -(…) のように、括弧の前に – がある場合は、括弧の中のすべての項の符号を逆にして括弧を外します。これは、-1を分配法則で掛けているのと同じです。
例題1:加法 A=2×2−3x+5, B=4×2+x−6 のとき、A+B を計算しなさい。
A+B=(2×2−3x+5)+(4×2+x−6) =2×2−3x+5+4×2+x−6 (← 括弧をそのまま外す) =(2×2+4×2)+(−3x+x)+(5−6) (← 同類項を集める) =6×2−2x−1
例題2:減法 同じ A,B で、A−B を計算しなさい。
A−B=(2×2−3x+5)−(4×2+x−6) =2×2−3x+5−4×2−x+6 (← Bの括弧内の符号がすべて逆になる!) =(2×2−4×2)+(−3x−x)+(5+6) (← 同類項を集める) =−2×2−4x+11
筆算による計算
複雑な式の足し算・引き算では、数の計算と同じように「筆算」を使うと、間違いを減らすことができます。ポイントは、同類項の場所を縦に揃えて書くことです。
図表4:整式の筆算
加法 (A+B)
2x^2 - 3x + 5
+) 4x^2 + x - 6
------------------
6x^2 - 2x - 1
減法 (A-B)
2x^2 - 3x + 5
-) 4x^2 + x - 6
------------------
-2x^2 - 4x + 11
(引き算の場合は、下の式の各項の符号を逆にして足し算すると考えます)
整式の乗法(掛け算)
整式の掛け算は、「指数法則」と「分配法則」という2つの強力なツールを使って行います。
ツールの確認
- 指数法則 (Laws of Exponents): 文字の掛け算に関するルールです。特に重要なのは amtimesan=am+n です。
- 例:x2timesx3=(xcdotx)times(xcdotxcdotx)=x5=x2+3
- 分配法則 (Distributive Property): 括弧を含む掛け算のルールです。
- a(b+c)=ab+ac
- (a+b)c=ac+bc
計算の種類
(1) (単項式) × (単項式) 係数同士、同じ文字同士をそれぞれ掛け合わせます。
- 例:3x2times(−2x3y) =(3times−2)times(x2timesx3)timesy =−6timesx2+3timesy =−6x5y
(2) (単項式) × (多項式) 分配法則を使って、単項式を多項式のすべての項に、順番に掛け合わせます。
- 例:3a(2a2−4ab+5) =(3atimes2a2)+(3atimes−4ab)+(3atimes5) =6a3−12a2b+15a
(3) (多項式) × (多項式) これが整式の乗法の基本形です。分配法則を複数回、適用します。 一方の多項式の各項を、もう一方の多項式のすべての項に、順番に掛け合わせます。
- 例:(x+2)(x2−3x+4)ステップ1: まず、前の括弧の x を、後ろの括弧のすべてに掛ける。 x(x2−3x+4)=x3−3×2+4xステップ2: 次に、前の括弧の +2 を、後ろの括弧のすべてに掛ける。 +2(x2−3x+4)=+2×2−6x+8ステップ3: ステップ1と2の結果をすべて足し合わせ、同類項をまとめる。 (x3−3×2+4x)+(2×2−6x+8) =x3−3×2+2×2+4x−6x+8 =x3−x2−2x+8
この計算プロセスを「式を展開する」と言います。
面積図を使った展開のイメージ
多項式の掛け算は、長方形の面積を求めるイメージで視覚的に理解することができます。 例えば、(a+b)(c+d) の展開を考えてみましょう。これは、縦の長さが (a+b)、横の長さが $(c+d)$の長方形の面積と同じです。
図表5:面積図による展開
c d
+-------+-------+
a | | |
| ac | ad |
| | |
+-------+-------+
b | | |
| bc | bd |
| | |
+-------+-------+
この図から、全体の面積は4つの小さな長方形の面積の合計、すなわち ac+ad+bc+bdになることが一目瞭然です。これは、分配法則を繰り返して計算した結果と一致します。
乗法のショートカット ― 展開公式を使いこなす
毎回、分配法則を使って多項式の掛け算を展開するのは、少し手間がかかります。特に、よく出てくる形の式については、計算結果を公式として覚えておくと、計算スピードと正確さが飛躍的に向上します。これを「展開公式(または乗法公式)」と呼びます。
展開公式は、単なる暗記項目ではありません。すべて、分配法則を使って導き出せる、いわば「計算のショートカット」です。その意味を理解しながら覚えましょう。
公式1&2:平方公式 (Square of a Sum/Difference)
(a+b)2=a2+2ab+b2 (a−b)2=a2−2ab+b2
- 意味: (a+b)2 は (a+b)(a+b) のことです。これを展開すると、 a(a+b)+b(a+b)=a2+ab+ba+b2=a2+2ab+b2 となります。
- 覚え方: (前の項)2 ± 2×(前の項)×(後の項) + (後の項)2
- 例:
- (x+3)2=x2+2cdotxcdot3+32=x2+6x+9
- (2x−5y)2=(2x)2−2cdot(2x)cdot(5y)+(5y)2=4×2−20xy+25y2
公式3:和と差の積 (Product of a Sum and Difference)
(a+b)(a−b)=a2−b2
- 意味: これも展開すると、 a(a−b)+b(a−b)=a2−ab+ba−b2=a2−b2 となり、真ん中の項が打ち消しあって消えます。
- 覚え方: (前の項)2 – (後の項)2
- 例:
- (x+7)(x−7)=x2−72=x2−49
- (3a+4b)(3a−4b)=(3a)2−(4b)2=9a2−16b2
公式4:xについての1次式の積
(x+a)(x+b)=x2+(a+b)x+ab
- 意味: 展開すると、 x(x+b)+a(x+b)=x2+bx+ax+ab=x2+(a+b)x+ab となります。
- 覚え方: x2 + (定数項の和)x + (定数項の積)
- 例:
- (x+2)(x+5)=x2+(2+5)x+(2cdot5)=x2+7x+10
- (x−6)(x+4)=x2+(−6+4)x+(−6cdot4)=x2−2x−24
これらの展開公式は、今後の数学(特に因数分解や二次方程式)で、呼吸をするように自然に使うことになります。今は少し大変に感じるかもしれませんが、たくさんの問題を解いて、体に染み込ませていきましょう。
まとめ:新しい言語の文法を学んだあなたへ
お疲れ様でした。この記事では、代数学の基礎となる「整式」の世界を、その基本パーツから計算ルールまで、一通り探検してきました。
最後に、今回学んだ重要なキーワードを振り返ってみましょう。
- 式の部品: 項、係数、次数、定数項
- 式の種類: 単項式、多項式、そしてそれらを合わせた整式
- 式の整理: 同類項をまとめ、降べきの順に並べる
- 式の計算:
- 加法・減法は、同類項をまとめる。
- 乗法は、指数法則と分配法則を駆使して展開する。
- 計算の効率化: 展開公式は、よく使う乗法を高速化するショートカット。
これらの概念とルールは、いわば「文字式」という言語の文法です。文法を知らなければ、単語(数や文字)を知っていても、意味のある文章(方程式や関数)を組み立てることはできません。
今回学んだ内容は、これから皆さんが挑戦する、より複雑で、より面白い数学の問題を解くための、揺るぎない土台となります。二次関数、三角関数、微分・積分… これらすべての分野で、整式の計算は当たり前のように登場します。
今は、一つ一つの計算を、焦らず、丁寧に、ルールを確認しながら進めることが何よりも大切です。たくさんの練習問題を解くことで、計算のスピードと正確さは必ず向上します。
あなたは今、数学という広大な世界を旅するための、新しい言語の文法を習得しました。この新しい力を使って、どんな問題が解けるようになるのか、ぜひワクワクしながら、次のステップへ進んでいってください。